10年の海外生活を経て、ジャパンブランドの立ち上げに参戦!女性柔道家の新たな挑戦。【前編】

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メンズスラックスの国内シェアNo.1を誇る
エミネントスラックスで、
広報業務を担当する石田 良子さん。

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すらっと伸びた細い手足が
印象的な女性ですが、
華奢な体つきからは想像しにくい
骨太なキャリアの持ち主!

石田さんは
猶興館高等学校で柔道を学び、
全国で唯一の国立体育大学であり
多くのオリンピック選手を輩出した
鹿屋体育大学へ進学。

テレビ番組“なるほど・ザ・ワールド”の
世界を飛び回るレポーターの姿に憧れて
「いつか私も海外で日本の文化を教えたい!」という
夢があった石田さんは、
中学・高校の保健体育の教員免許を
取得したそうです。

海外へと飛び立ったのは2003年、
石田さんが26才のとき。
青年海外協力隊の
女性柔道インストラクター募集の
新聞広告を見て、即応募。
スリランカへと向かいました。

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3年の任期が終わり
29才になったころ、
ラオスで柔道の大きな大会があり
指導する柔道インストラクターが欠員するため
青年海外協力隊の短期隊員として向かうことに。
そこで8ヶ月を過ごします。

30才を迎えるころ
青年海外協力隊を卒業し、タイへ。
タイ政府の教員養成学校で
日本の柔道を教える教員として採用され
9ヶ月を過ごしました。

31才になると、
ラオスのビエンチャン日本語補習校へ。
こちらでも教員として約8年間を過ごします。

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スリランカからはじまり
10年以上に及んだ海外生活は
こちらで終止符を打つことに。

2014年、
日本に帰ることを決めた石田さんは
次の仕事をとくに決めないまま
ラオスでの送別会の日を迎えます。

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そこで偶然出会ったのが
エミネントスラックスが参画する
ジャパンブランド立ち上げの主要メンバーでした。

【後編】につづく

石田 良子 さん

エミネントスラックス 広報担当。2年目。2003年から2014年の間、スリランカ、ラオス、タイで柔道教員や柔道インストラクターとして活躍。帰国後、地元企業のエミネントスラックスに転職。海外とのネットワークを活かしながら、PRツールの翻訳なども行う。

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