網目のようにつながる宝を次世代へ。
福島
2021.12.30
佐賀県伊万里市に隣接する福島。
あみや水産3代目の網屋拓朗さんは、
島で最年少の漁師です。
生まれも育ちも生粋の福島人。
長崎市の水産科高校を卒業後
福島に戻り、18歳で漁師になりました。
あみや水産は、拓朗さんで3代目。
家族5人と社員2人で
イワシ漁・しらす漁、
いりこなどの加工業を営んでいます。
しらす漁を行っているのは、
長崎県では松浦近辺のみ。
しらすの加工は、水揚げ時に
小さなエビや魚が入っただけでも
商品化できない繊細なもの。
きれいな状態で獲れた時だけできる
希少なものなんだそうです。
しらすは、港で水揚げ後すぐに
港に隣接する加工場で釜茹で。
冷凍して、加工場や
地元の直売所などで販売しています。
解凍すると
茹でたてかな?と思えるほど
しっとりふわふわな食感。
いりこは、松浦の名産品の一つ。
だし取り用だけではなく
「食べるいりこ」も有名です。
これまで廃棄していた規格外の魚介を
いりこと同じ工程で作った加工品も
お客さんに好評だそう。
網屋さんは、福島で育ち、漁師一筋。
若い頃は「島の外に出たい」と思ったことも。
けれど、漁業に向き合う日々を過ごすうち
少しずつ技術を身につけ
仕事が面白くなってきました。
そして31歳になった今年、
怪我をして、漁から一時期離れたことで
心境に変化があったそう。
漁に出られない網屋さんに
島の先輩が声をかけ、
イベントで自ら販売を経験。
「お客さんと直接話すことは滅多になくて。
美味しいって言ってもらえて嬉しかった。
怪我をしたことで新しい仲間も雇用して。
自分だけじゃ何もできないってこと、
人のありがたみをめちゃくちゃ感じました。」
島の同世代は、子どもの頃と変わらず
何かあれば集まって一緒にやる仲間。
「おおらかで、良い人ばかり。
特別じゃないふとした時に
『いい人やな』と思います。
押し付けがましくない。
何かあれば助けてくれる。
先輩はオシャレな人も多くて
みんな格好いいです。」
網屋さんの目標は、福島を
「子どもが残りたいと思う島」にすること。
「とくに次男は海が好きで、
休日はよく魚を獲って遊んでますね。
漁にも連れていきます。
島は人口が少ないけれど、
子どもにはたくさんの人と
関わって欲しい。」
島の仲間と集まる時は
子どもたちも連れて
みんなでワイワイ遊ぶそうです。
「島を、子どもたちに」。
そう語る網屋さんの姿から
感じられるのは、
島の未来を想う
代え難い仲間の存在。
海に囲まれておだやかに育まれた
網目のように縦横無尽な
人のつながり。
網屋さんは今日も
仲間とともに
島の未来を思っています。

網屋拓朗さん
1990年松浦市福島町生まれ。長崎鶴洋高校水産科を卒業後、18歳で漁師に。現在、福島最年少の漁師。祖父の代から続く「あみや水産」3代目。両親と妹、妻、社員2名とイワシ漁・しらす漁、いりこ加工業を営む。3人の子どもの父として、次の世代に「暮らしやすく活気ある福島」を守り継ぐために日々奮闘中。